桜の花の咲くころに。。。

桜が咲く時期に生まれました。愛猫のこと、旅行記、その他いろいろ記録。 ※別のブログから引っ越ししたので、リンク先が正確でない過去記事がありますがご了承ください。

カテゴリ: 文化・芸術

六本木に行ったついでに、富士フィルムスクエア・ギャラリーへ寄り、写真で旅する世界遺産の第2部、文化遺産編を見に行きました(第1部の自然遺産編のレポートはこちらで!)。



自然遺産を見ると、人知の及ばない自然への畏敬の念が湧き上がります。



一方で文化遺産は人間の手によって作られたものであり、なぜそれが造られる必要があったのか、当時の人たちはどんな思いで造ったのか、人間のミステリーに挑むような興奮を覚えます。



広島の原爆ドームアウシュビッツの強制収容所など、負の世界遺産が含まれているのも意味深いと思いますし。



ここでもやはり痛感しました、世界は広い! 



なんでこんなん作ったの~と思わせる遺産がたくさん。モアイ像なんてあんな昔によく彫ったよね~



雪に覆われた山を背景に、雪をかぶった合掌造りが青く浮き上がる、夕暮れ過ぎの白川郷の写真。静寂が伝わってきます。懐かしい日本の原風景に、故郷の南信を思い出しました。



今ごろ故郷では、桜が咲き誇っているでしょう。





楽しみはまだまだ続きます。


前回の記事からの続きです。



ルーヴル美術展 美の宮殿の子どもたちを見ました。この展覧会の一番の目的は、エジプトの少女のミイラ!(→相変わらずミイラ好き





ミイラは亜麻布に巻かれていて、顔などは見えなかったのですが、こうやって現存するということだけでもすごいことです。



最近、イエスキリストの生涯を小説で読みました(小説「イエス」)。聖書によるとイエスは十字架に張りつけにされて死に、弟子が遺体を墓に埋めました。しかし数日後に遺体が墓から消え弟子たちは大騒ぎになりましたが、イエスはその肉体ともども復活したのです。西洋人が死者を火葬しないのはこのへんに理由があるのかもしれません。



死者の再生を信じたエジプト人にとっても、肉体を残すことは非常に重要な意味をもっていたのですね。



さて、この展示会で興味深いのはミイラだけではありません。通常だと、たとえば「ナスカ展」とか「古代エジプト展」など、地域や歴史を追ったテーマが多いのですが、ここでは「子ども」をテーマに、子ども出てくる絵画、子どものミイラ、昔の子どもの衣服、子どもの彫刻など、時代や場所を問わず、ルーヴル所蔵の子ども関連作品を縦断的に集めているのです。展示室はまさに子ども尽くし!



サイコロを使ったゲームなんて、紀元前にすでに存在していたんです。陶器の「がらがら」もありました。



こういう作品をみていると、大人が子どもに注ぐ愛情は昔も今も変わらないんだなと実感します。



誕生日のお出かけはまだまだ続きます。


最近のソーキチ。



ケトアシドーシスから無事脱却できました!



そしてやっと病院にも慣れてきました。目の輝きが家にいるときと同じ感じになり、ご飯もたくさん食べています(このまま病院のネコになっちゃいそうで、飼い主としては少々フクザツ)。



しかしご飯を食べ始めたら、今度は血糖値が上がり始め(食べてるから当然なのですが)、これまでの最高値の記録更新(>_<)・・・ということで、インスリンの量を増やしたり減らしたり、まだ試行錯誤が続いています。



前の病院のモニター半日入院は3日間。ネコがストレスに弱いからという理由で早目の自宅治療に切り替わったわけですが、それが裏目に出て低血糖の発作を起こしてしまいました。血糖値が一番低くなる時間で測定不能だったとしても、病院にいるときはストレスがかかり実際の血糖値は少し上がるみたいです。だから家に帰ってリラックスしたとたん、低くなりすぎて倒れてしまったのだと想像しています(現在のドクターも同じ見解)。



しかし今回は病院の環境に慣れました。ということは、ストレスフリーの状態、つまり自宅にいるときと近い状態でインスリンの量をモニターできるということでもあります。自宅治療のリスクが軽減されますから、もう少し時間をかけて、きちんとモニターしてもらうことにしました。
(※病院で写真をいっぱい撮っているのですが、ケトアシドーシスでかなり痩せて、ブログに載せるのはちょっと忍びないです。もう少し元気な姿になるまでお待ちください)。



こんな感じで私もやっと少し安心したので、ソーキチのいぬ間に、友人を誘ってルーヴル美術館展に行って来ました。



大盛況。平日の昼間なのに入場制限が入っていました。テーマは「フランス宮廷の美」。フランス国王ルイ15世からルイ16世のフランス革命までの宮廷の調度品や小物を展示していました。



ルイ16世・フランス革命といえば、王妃マリー・アントワネット。贅沢三昧で国民の生活を苦しめた王妃としても有名です。ロココの王妃、とも呼ばれていました(以上、漫画「ベルサイユのばら」からの知識)。



そんな時代だけあって、小さな嗅ぎ煙草入れひとつとっても、金やダイヤモンドを散りばめた豪華品が!目がチカチカしそう。



銀であしらわれた食器や前菜入れなんかを見ても、「こんな大きいもの、置き場所に困るよね」。



これが庶民の感覚というものでしょう。



メチャでかい中国製の壷なんか見ても、繊細に彫刻された置物を見ても、「埃がたまって、掃除が大変そう」。



・・・私は絶対、大富豪にはなれませんね。



こんな風に書くと、「つまんなかったの?」と言われそうですが、いえいえどうして、十分楽しんで参りました!金・銀・ダイヤ、繊細で精巧な調度品、女性なら一度は憧れるものだと思うから・・・かくゆう私も、小さい頃はマリー・アントワネットの寝室のような天蓋付きベッドに憧れ、どうやってベッドにカーテンをつけてやろうかと幼い頭をひねっていたのですから。



入場者の9割が中高年のおばさまたちなのも頷けます(って、私もそのひとり[E:coldsweats01]???)。きっとみんな、子どもの頃の憧れを胸に秘めてため息をついていたのでしょうね。



小さな肖像画がはめ込んである小物入れや煙草入れもありました。これって、現代人が愛する人の写真を定期入れに入れたりするのと同じ感覚なのかしら。ひと昔前は、ロケットペンダントも流行ってたし。



人間の求めるものって、今も昔もさほど変わらないのかもしれませんね。


行ってまいりました、ナスカ展



子どものミイラがいて黒目まで見えるっ!
という貴重な情報をもらって、ミイラ好きのそこそっこ、行かないわけにはいきません。



前評判が良かったのか、連日超満員らしい。
午前中ならスキスキだと聞いていたので、夜型の私はほとんど貫徹して、10時半前には会場に着きました。



当日券売り場には長い列。20分待ち。
と、これも前もって仕入れてあった情報だったので、金券ショップで前売り買っておきました。正解。ところが、入場制限があって、中へ入るのに30分待ち!



人、人、人でした。近くでゆっくり見れないの(T_T)。



それでも何とかスキを見つけて進入したり、首を長くしたりして頑張りました。



子どものミイラ、確かに黒目がありました・・・。



でも、もっと驚いたのは、子どもの向かいに飾られていた女性(多分)のミイラ。
かなり保存状態が良かったのか、枯れ果てた体の筋がリアルに浮かび上がっていました。爪のはっきり残った長い手で顔を覆い、口をあけています。まるで慟哭が聞えてくるよう。歯もしっかり残っていてびっくり。こちらのミイラのほうがショッキングでした。



ナスカは文字を持たない文化だったので、日常のあらゆる道具に絵が描かれています。それがとてもマンガチックな絵。近くで見ていた見知らぬ人が、「さくらももこの絵みたい」とつぶやいたのが聞こえて、夫と静かに大爆笑。



こんなマンガチックな展示物の一方で、外科手術を施した頭蓋骨があったり、ミイラがあったり・・・なんかとってもフシギ。



バーチャルリアリティでナスカの地上絵を体験した後、記念にクリアフォルダーを買いました。



Rimg0011 パラカスのマントの図柄をあしらったものと、







Rimg0012_2



ナスカノ地上絵(ハチドリ)をかたどったもの。











科学博物館のレストランで、ティラノザウルス巣ごもりスパゲッティとか食べてみたかったけど、めちゃめちゃ混んでいたので諦めました。
ミュージアムショップで宇宙食アイスクリームを買いたかったのですが、高いんでやめました。以前に食べたことがあるのですが、すごくおいしいの!



昼すぎに見終わって外に出たら、当日券の列がさらに伸びていて、
なんと70分待ち・・・(◎o◎)!



朝いちではありませんでしたが、早めに行って良かったです(^.^)。


ずっと前、テレビか何かで、江戸時代は完璧なエコロジー社会だったという話しを聞きました。以来、ずっと江戸時代の暮らしが気になっていて、ついに図書館で見つけました!





大江戸えころじー事情
 読んでみて「へえっ」の連続。(←古い?)



大昔の日本は、いわゆる「植物国家」。つまり、すべてを植物原料で作っていたのです。食べるための植物はもちろん、衣食住のすべてを、植物を素材にしたものに頼っていました。



例えば稲作ひとつとっても、米を食べるだけでなく、茎を藁として利用します。藁で草鞋をつくったり傘を作ったり屋根にしたり・・・使い物にならなくなった草履や傘は食事を作るとき、かまどにくべて燃やし、自然に帰します。あるいは、一箇所に集めて発酵させて肥料にしたり。



ひとつの素材の良さをとことん知り尽くして、とことん利用し尽くします。そして最後にはどれもこれもかならず、土=自然に帰します。



農業はもちろんのこと、林業もとても重要な位置を占めていました。だから、人々は森の大切さをしっかり認識していたようです。もっとも、すべてが自然に帰ることのできる素材で作られているわけですから、森が汚れる理由がありませんでした。だから川の水はいつもきれい。



昔の人は、太陽の熱だけをエネルギー源として、つつましく暮らしていたんですね。大金持ちの暮らしも、その質素さは庶民と大差なかったようです。



でも、そんな生活はとっても手間がかかります。道具一つとってみても、自分たちの手で作らなければならなから、時間がかかります。しかも、現代みたいに立派なソーラーシステムも電気もない時代、夜になると部屋は真っ暗。日が昇ったら起きて日が沈んだら眠りにつく人々の生活では、生産力もたかが知れています。



それでも、人々はしっかり自給自足の生活をしていたようです。当時、世界でも有数の人口を誇る江戸の生活を、太陽エネルギーが支えていたのです。



江戸時代の暮らし、ちょっと経験してみたいなあと思いました。
でも、現代の便利な暮らしに慣れきっているから、一日でギブアップだろうな^^;。



冷蔵庫がなかったので、魚類は近海でとれたものを早めに食したようです。そうなると、海のない地域では、当然、海の幸に恵まれませんでした。
信州の珍味に、ザザ虫、イナゴ、ハチの子、サナギなどの大和煮や馬刺しというものがありまして、想像しただけで「うえっ、ゲテモノ!」と思われるでしょうが(笑)、これらは海をもたない信州人にとって、貴重なタンパク源だったのです。川魚だけでは足りなかったのでしょうね。



この本、当時に描かれた挿絵とともに、江戸の庶民の暮らしぶりをエコロジーな観点から解説していて面白いですが、痛烈な西洋文明批判も随所に見受けられます。西洋文明にどっぷり浸かって暮らしている私たちには耳が痛いかも(>_<)。そこんとこを割り引いて読めればより楽しめます。
(長い江戸時代を鎖国によって西洋文明をシャットアウトしたおかげで、独自のエコロジー社会が出来上がったという理屈は頷けますが・・・でもねえ~(~_~;)。)



リンク先は単行本ですが、文庫も出ています。「大江戸事情」シリーズの他の文庫をすでに購入しまして、江戸時代へのタイムスリップを楽しんでいます♪。


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